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古事記伝の本居宣長が生涯すごした本居宣長旧宅(鈴屋)は当時の生活を思い浮かべることができる

本居宣長記念館に隣接して、医者・国学者であった本居宣長の旧宅があり、2階にあった書斎を鈴屋と呼んでいました。
書斎は、53歳の時に物置を改造したもので、36個の鈴を掛けたことから鈴屋と呼ばれています。
今では、本居宣長旧宅を総称して鈴屋となっているみたいです。

本来は、魚町にあった建物でしたが、明治42年松坂城跡の現在地に移転して、江戸時代の姿を残しており、国指定特別史跡に指定されています。
12歳の時から72歳で亡くなるまで住んでいた家で、この家で医者として仕事をし、古典講義や歌会を開いたりしました。

本居宣長と本居宣長記念館についてはこちらへ

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入場券に関する注意点

本居宣長旧宅(鈴屋)への入り口は玄関(本居宣長記念館側)と裏口(松阪城跡側)がありますが、本来の入り口は本居宣長記念館側ですので注意して下さい。

本居宣長記念で入場券を購入し、先に見学して、その後、本居宣長旧宅(鈴屋)を見学するのが正規の流れになります。

松阪城跡側から来るとこのような立派な門があります。

ちゃんと入場券を購入してくださいねって看板にも記載してあります。

が、受付がいないので入館券なしでも、裏口(松阪城跡)から建物の中に入っていけてしまいます。


中に入ると再度詳しい看板があり、赤い矢印で本居宣長旧宅(鈴屋)に入らなくても、本居宣長記念館に行くルートがあるので、必ず先に入館券を購入してから見学するようにしてくださいね。
大切な国指定特別史跡ですので、今後も守っていく気持ちを持ってお願いできればと思います。

本居宣長旧宅(鈴屋)を見学(写真で案内)

それでは本居宣長旧宅(鈴屋)に入っていきます。
中に入ると立派な木の切り株があり、移転する為に切ったものなんかな。

右側に石垣があり、階段をのぼると高い位置から本居宣長旧宅の全体像を見ることができます。
そして、ここから書斎(夢屋)が見えるってことでしたが、実は、僕はその情報を知らずに見てきませんでした。
何のためにこのスペースがあるのか分からずにスルー。

現場での記憶はないけど偶然写真撮影した中に、、、ここが鈴屋かな?

是非とも、せっかく行ったなら外から書斎鈴屋をのぞいてみてください。
絶対見ておくべきやったなぁ、書斎はイラストで紹介されていました。
それでは建物の中を見学してきます。

三重県ではしめ縄を1年中かけているのが一般的なんですが、他の地域では違うんですね。
いろいろな経緯はありますが、説明しだすと大変ですが、簡単に言うと家内安全の祈りを込めた「厄除け」の門符です

僕の自宅なんかはみかんは鳥に取られるか、真っ黒になって残ってますよ。

鈴屋についての説明があります。

左側には店の間があります。

店とありますが、ここが本居宣長が患者に対して医療をした部屋になります。
昔の医療がどんなものか分かりませんが、普通の部屋なんですね。

家の中に入ったのに、土間の手前に不思議な空間で、一度外に出た塀に囲われた庭があります。

家から見る専用で、なかなか美しい庭で良い感じです。
庭からは中の間と奥中の間があり、広々とした空間。
夜になると国学を学びに多くの人が訪れていたそうです。

前の扉から中に入るのですが、高さも幅もギリギリのサイズでなんとか入れましたが、僕より太っている人は破壊してしまうかも!?

この形は何か意味があるのかな?攻め込まれないようにって訳もないよなぁ。

建物の保護のため、部屋に上がることはできませんが、土間から当時の姿を見ることが出来ます。

左側にあったのは3畳の間。

2畳のような気がしつつ、3畳でも当たり前ですよね。
何に使っていた部屋なのかな。

昔の家には箱階段があるところが多いですね。

階段と収納が一体化しているので非常に効率の良いもの。
今の時代でも変わりませんね。
でも、1段1段の高いのとちょと急な階段なんで壊そうやな。手すりもないし。
本来は階段の間にあったものが移動しています。

階段の間の奥には仏間があります。

台所にはかまど。
何箇所かありますが、豪商宅で見てきたものに比べると少し小さめのもの。

木枠に和紙を貼った、とうろうのようなものが置いてある。

「触れないでください」という貼り紙の下に、小さい文字で「この裏も見てください」っていうメッセージ。

何かからくりがあるかと思ってみてみると・・・・
普通やん????

ドッキリなのか?これは何やったんか今でも謎。

やっぱり昔の家は縁側がありますよね。

この奥は便所かな。
だいたい、昔の家のレイアウトが分かってきたよ。

裏庭に出てくると昔の井戸がありますが、枯れているようですね。

移設してきたので形だけかもしれません。
あとは、外の流し台スペースかな。

家は全面塀でかこわれており、裏口から出て行きます。

鈴屋遺蹟保存会の旧事務所

本居宣長旧宅(鈴屋)に隣接して建つ、国登録有形文化財 鈴屋遺蹟保存会 旧事務所です。
1909年(明治42年)に本居宣長旧宅(鈴屋)がここへ移築された際に建てられたもので、立派な唐破風屋根が迫力のある建物です。

鈴屋遺蹟保存会の旧事務所なんですが、国登録有形文化財にも指定されています。
この日は、誰もおらず中には入れませんでしたが、内装は和洋の技術が使われて、とても豪勢な作りなんですって。
それは見たかったなぁ。

隠居丸跡

本居宣長旧宅(鈴屋)を裏口から出てくると、松阪城跡の隠居丸跡に出てきます。

本丸の南側にあり、道具蔵と宝蔵、米蔵がありましたが現在はもうありません。
米蔵は御城番屋敷の入り口にあったものがそうで、ここから移築されました。

鈴屋遺蹟保存会の旧事務所も隣にあり、国の文化財としての説明看板がたっています。

昔の井戸がありますね。

滑車が残っています。

あとはちょっと分からなかった石碑

松の木がいっぱいあったなぁ。
立派!!!

でもちょっと気持ち悪いかな。

松ぼっくりが欲しい方はこちらへ。

持って帰って良いかは分かりませんが、ふんだんにありましよ。

1本だけかなり立派な木がそびえ立っています。

なんか、ちょっと景観的にそぐわないハワイアンな木もたっていました。

松阪城跡の高台から見る御城番屋敷は絶景ですね~。

武家屋敷のあの長い屋根が最高です。

まとめ

松阪市の誇る偉人の本居宣長。
本居宣長記念館でしっかり人について知ってから、本居宣長旧宅(鈴屋)を見学すると当時のことをイメージすることが出来ます。
残念ながら書斎(鈴屋)は2階なので見ることが出来ませんでしたが、せっかく共通入館券なので見ておいても損はないと思います。

 

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